ハレトケブログ

民族研究からセールスにピボット/受注額8年8億/営業プロセスを整理してみています

聴き手によって「語り」は変わる、という営業論

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大学時代に文化人類学の講義でフィールドワークのお作法を学んだ。

どうすれば調査対象の部族から知りたいことを詳しくヒアリングできるか?というテーマだった。

その中で印象的だった教授の一言がある。

聴き手によって彼らが語る内容はまるで違う。
同じ人が一年後に同じことを聴く場合もまた、彼らが語る内容はまるで違う。

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話は飛んで、よく営業担当の変更時にこのようなことがないだろうか。

伊藤さんがA社を担当していた頃はほとんどニーズはなかったはずなのに、佐藤さんが担当してからいきなりニーズがでてきた。佐藤さんはラッキーで、伊藤さんは運がなかった。

「佐藤さんはラッキーで、伊藤さんは運がなかった」ということは9割方、真実ではないだろう。顧客は、佐藤さんにはニーズの核心について語り、伊藤さんには語らなかった、というのが事の真相だ。

正確にいえば、佐藤さんに対しては語れたが、伊藤さんには語れなかった。

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行ったり来たりで申し訳ないが、話を文化人類学の講義に戻したい。

聴き手によって彼らが語る内容はまるで違う。
同じ人が一年後に同じことを聴く場合もまた、彼らが語る内容はまるで違う。

教授が話していたこの言葉。彼が何を言いたかったのかというと、「共通言語で話せる度合いによって、対話者が話すことの深みが変わってくる」ということだ。

文化人類学において主な調査対象となるのは独自の言語を持った少数部族だ。文化人類学者は、彼らと暮らす中で教科書も単語帳もない言語を学んでいく。と同時に、彼らの価値観やルール、信仰などを少しずつ理解していくのだ。

よって、部族たちにとっての文化人類学者は調査初期において「言葉もルールもわかっちゃいない部外者」である。調査期間を重ねるに連れて言語も文化も身につけ「外からやってきた部族語をちょっとは話せる奴」→「外からやってきた割に俺らのことをわかってくれる奴」に変遷していく。

「こいつは何もわかってねえな」と思われている時に話す内容と、「俺らと共通言語で話せるな」と思われている時に話してくれる内容には格段の差があるのが当たり前だ。

よって、

聴き手によって彼らが語る内容はまるで違う。
同じ人が一年後に同じことを聴く場合もまた、彼らが語る内容はまるで違う。

のであり、語ってもらう内容に深みを出すには、彼らと高い次元の共通言語で話せる必要があるのだ。

それは、単純に言語が話せるということではなく、彼らが大切にしている価値観や信念、不安や恐れなども全てまるっと理解している状態を指す。

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伊藤さんと佐藤さんの話に戻ろう。

伊藤さんは結局のところ「この人に深い話を相談してもしょうがない」と思われていた。一方で、顧客は佐藤さんが着任した時に「この人ならもしかすると助けてもらえるかもしれない」と感じたのだ。よって、担当変更のタイミングでニーズが出てきた。

そろそろ話をまとめたい。

営業において重要なことは「顧客のニーズの核心に触れられるかどうか」である。そして、顧客が商談においてその核心に触れるかどうか判断する指標は、相手がどの程度「共通言語で話せるかどうか」である。

私たちのビジネスプロセス・理念・競合状況・将来市場を理解し、私たちと同じようにこのビジネスの将来に期待を持ち、私たちと同じようにこのビジネスの将来に不安を持ってくれているか、である。

あなたは営業である前に、未開の地にフィールドワークにやってきた文化人類学者なのだ。言語も話せないし、風習や信仰についてもわからない。そんな人に部族たちは何も話してくれない。

「こいつ俺らのことわかってくれてるな」

まずはここを目指すべきなのだ。